2016


インドに行ってみた。

2016.12.14(wed)-18(sun)

久しぶりの海外旅行。
いずれは行きたいと思っていたインドに行ってきました。
詳しくはwebで。(笑)


最初の大仕事 2016.11.28(mon) 異動してから唯一担当してきた大きな商談が漸く纏まりそうだ。 聞くとこの案件、1年以上前から引きずっていたようで、 やっかいな顧客キーマンに振り回されてきたとのこと。 過去の資料を見ると、何度も提案書を変えさせられ、色んな補足 資料を作らされ、幾度となく金額提示をさせられてきたようだ。 体制も何度か変わっていて、初期のメンバーは2人しかいない。 そんな中、燃えさかる火災現場にオレが投入されたワケだ。 先にも書いたように、この異動はラッキーだと思っていたが、 やはり世の中そう甘くはないようで、異動先でも困難が待ち受けていた。 この顧客キーマン、一般常識が通用しない。 1年も前に提示した「概算金額」を持ち出してきては、この金額で 勝手に役員会の承認を取っていたせいで、ずーっと錦の御旗の如く この「概算金額」をベースに話を進めようとする。 こちらがいくら「体制が変わって仕切り直しだ」と言ったところで、 聞く耳を持たず、「御社はそんないい加減な金額を提示するのか」 と文句を言ってくる始末だ。 しかし、こちらの苦しい辻褄合わせと、営業サイドの根回しもあり、 漸く妥協点が見つかった。「あいつ」が首を縦に振ったのだ。 若干、SE側の金額を削ることにはなったが、ゼロではないし、 大型案件を失注するという最悪のシナリオは回避できた。 出向先での自分の初仕事としては、それなりに評価してもイイと思う。 ただ、この後もさらなる困難が待ち受けているのは、 火を見るより明らかではあるが。。。
再び抜歯 2016.10.24(mon) 去年11月、インプラントの施術が一通り終わったことを 書いたと思うが、実はまだ残っていた。右下の奥2本だ。 前回の治療中にも「いずれココもやんなきゃなー」と 言われていたので覚悟はしていたが、たった1年後とは。 その歯は右下の奥と真ん中辺りの2本なのだが、X線検査では 特に奥の歯の歯根部分は完全に膿んでいて、いつ抜けても おかしくない状態なのだという。つまり歯周病の末期状態だ。 「まあ、グラグラし始めるまでは放置でいいかなー」 なんて安易に考えていたのだが、先日ズキズキと痛み始め、 とうとう我慢できずに痛み止めを飲む事態に陥ってしまった。 たまらずクリニックに連絡し、3日後の今日、 その2本を抜歯をすることになったのだ。 これで歯を抜くのは何本目なのだろう。 抜いた歯のコレクションが数え切れなくなってきた。 と言うより、残っている歯を数えた方が早いだろう。 抜歯は局部麻酔をかけるのでそれほど痛みはないが、 手前の歯を抜くのに手間取り、2時間ほどかかった。 終わった後、ズボンの後ろは汗でびっしょり濡れていた。 さて、これから骨が出来るまでの4ヶ月ほどが大変だ。 今まで右側で噛んでいたので左側で噛むことに慣れていない。 実際、歯を抜いてから左側だけで噛むのが非常に難しい。 当然、何を食べてもあまり美味しくない。 本当に歯の治療はこれで終わりにしたい。
再び異動 2016.09.27(tue) 2013年4月に子会社に出向し、1年3ヶ月ほどしてまた親会社に帰任、 そして2年3ヶ月してまた子会社に出向となった。 つくづく落ち着きがない人事である。 小学校の通知簿にも「落ち着きがない」と書かれていたことを思い出す。 しかし、今回の出向人事は若干ラッキーだと思っている。 というのも、今抱えている大きな仕事が7月にも書いたが「LANの敷設工事」 といういわゆる「泥臭い仕事」で、自分の得意ではない分野だったからだ。 顧客はともかく、建設業者というのはどうも通信業界とは文化が違うようで、 「この人達とはビジネスは出来ないな」と常日頃感じていた。 急に無理難題を言われるし、金銭感覚も違う。ホントにやりにくい。 もちろん、大きなプロジェクトではあるのでやり甲斐はあったが、 今後予想される未知の不安から解放された気分だ。 残された後輩には悪いが、若い人にとってはイイ経験になるはずだ。 ただ、異動先も決して楽ではない。主な仕事は子会社SEの底上げだ。 グループ(課)への配属ではなく、部門長直下の配属になるという。 当然、トラブル対応のような火消し的な仕事もあるだろうし、 大型案件対応などで全国に出張する機会も多くなるだろう。 それでも、この歳になってくると、自分の得意分野で力を発揮したい と思うようになる。そこはそこで得られるものが沢山あるはずだ。
久しぶりの日光 2016.08.13(Sat) 思えば、15年ぶりだった。 入社当時、私は日光に居たことは前にも書いたかも知れないが、 2001年に同僚達と遊びに行って以来、一度も行っていなかったとは。 今年のお盆休みは親の上京に合わせて日光・鬼怒川〜沼田〜軽井沢 という、若干強行日程(3泊4日)の観光プランを計画した。 東照宮は肝心の陽明門が工事中で若干残念だったが、鬼怒川のホテルは ペット旅館とも言うべき、ペットに対しては至れり尽くせりな場所で ペット専用の温泉やらドッグランもあり、妻もワンコx2も満足げ。 「真田丸」で脚光を浴びた沼田は、城跡と言っても公園があるだけで、 ココもちょっと残念な感じ。翌日行った上田城の方がホットだった。 で、鬼怒川から沼田に行くまでの間に日光がある訳だが、転職前の 古巣、古河電工の独身寮と日光事業所(若かりし頃、日光刑務所と よんでいたw)に立ち寄ってみた。(自分的には最重要ポイント) まず、独身寮へのルートだが、国道から脇に入る小坂を上がっていくと、 見えてくるはずだったが、なかなか見つからない。 鬱蒼とした密林状態になっていて、車一台が辛うじて通れる道を抜けると、 ようやくそれらしき古いコンクリート建造物が車窓に見えてきた。 が、どうにも見覚えの無い建物。車が1台だけ停まっている。 あるいは、これが入社時の3年間入っていた「紫明寮」なのか? 結局思い出せないまま、少し坂を下った場所に見覚えのある独身寮 「ヴェルフォーレ」が見えた。ココには1年半ほどしか居なかったはず だが、こっちだけは多少記憶が新しいからか、鮮明に覚えていた。 入居当時は最新で快適な施設だったが、あれから20年以降経っている。 だが、外壁もキレイだしそれほど傷んでおらず、自分の記憶イメージと いうものは、いつまでもそのままだと安心するのか。、内心ホッとした。 人影が見当たらないのはちょっと気になったが。。。 そして、また国道に戻って少し行ったところに工場がある。 こちらは守衛が居る門側から見た限り、ほとんど変わっていなかった。 あの奥深くにあった超電導製品部で汗水流して頑張っていたワケだ。 あの当時の上司や同僚の顔が思い浮かぶ。自分も年取ったな。。 あの当時の自分は今の自分を想像できただろうか。 これからの自分はどうなっていくのか、懐かしさと同時に 不安やら期待やらが入り交じった時間だった。
久しぶりのヘルメット 2016.07.29(Fri) 前の会社では太い超高圧の電力ケーブルなんかを扱っていた関係で、 マンホールに入ったりヘルメットかぶったり普通にしてたのだが、 今の通信事業者になってからは、そう言えば久しくかぶってなかった。 この春から、とあるスポーツウェアの会社を担当することになったのだが、 儲かってるのかバブリーなのか良くワカランが、数年前から工場新設だの 本社拡張だの運用の完全アウトソースだの、めっぽう羽振りが良い。 ウチの会社的には有り難い限りなのだが、自分的には避けてきたかも しれない「LAN配線工事」をとうとう任されることになった。 なぜ避けてきたかというと、限りなく泥臭い仕事だからである。 もちろん、実際に自分で配線工事をやる訳ではなくプロマネではある訳だが、 ネットワーク系の仕事に就いて早16年、ルータやスイッチやファイアウォール といった機器に色々と触ってきて、いわゆる「レイヤ1」とか「レイヤ0」 の世界は「工事屋さんがやってくれるもので自分の仕事ではない」といった 固定観念があったのは確かだ。ぶっちゃけ「3K的な仕事」と思っていた訳だ。 やはり、前の会社での経験が、そう思わせる原因になっていたと思う。 今日、無線LANの電波調査をやる名目で、だだっ広い改装工事中の倉庫に 立ち入るに辺り、超久しぶりに自社のヘルメットをかぶることになった。 オレがかぶると、アタマの形が悪いのか、若干傾けてかぶるのが特徴だ。 エレベータ内の鏡に映る自分を見ると確かに傾いていて、懐かしく思った。 これから暫く忙しくなりそうな予感がする。。。
マイクロバブル 2016.06.26(Sun) そろそろ軽井沢の気候が恋しい季節になってきたが、 山小屋も今年で築25年になり、ところどころ傷み始めてきた。 特に浴室は悩みの種で、貯めたお湯は漏れるわ、浴槽は傾いているわ、 ついに去年からは追い炊きも出来ず足し湯をせざるを得ないという有様。 この際、思い切ってリフォームをかけることにした。 業者選定から価格交渉、施工、引き渡しまで約3ヶ月、ついに完成した。 どこかの番組じゃないけど、before/afterがこれ↓。 旧浴室「before」@山小屋 新浴室「after」@山小屋 まあ、ココまでは一般的な改装工事だと思うが、今回のポイントは「マイクロバブル」。 分かりにくいが、温度調節の横についている小さなパネルがそのコントローラ。 宣伝文句をそのまま使うなら、ミクロ単位の極小な泡が、身体の隅々まで行き渡り、 毛穴に入り込んだ汚れを取り除いてくれるほか、保温&保湿効果もあるという。 実際試してみたが、数分でお湯が真っ白になり、片手を5分ほど付けておくと、 明らかに肌が白くなっているのが分かった。確かに効果がありそうだ。 そして、嫁さんもワンコx2もご機嫌で費用対効果(ROI)はばっちりだった訳だが、 予想外だったのは、浴槽を含めた排水系統がボロボロで、排水に難があったこと。 この修繕に幾ばくか余計にかかったが、この機会にやっておいて良かったと思う。 さて今年は何回くらい軽井沢に行くことになるのか、今から楽しみだ。
ネットワークカメラ 2016.05.29(Sun) 先のトラブル案件のリベンジ(再作業)が一歩だけ進み、気を良くした俺は、 マイカー飛ばして秋葉原ヨドバシカメラへ「あるもの」を買いに行った。 いわゆる、ネットワークカメラだ。 ちょうど、来月、軽井沢宅の風呂のリフォーム工事を予定しており、 その工事のリモート監視と現場指示のため検討していた。 以前から、家電から自転車までパナソニック派な俺としては、 迷いもせずパナソニック製のそれを選んだ、のは間違いではなかった。 なかなかの優れもので、画質こそ大したことはないが、こんな特徴がある。    @スマートフォンから何処にいても室内の様子が確認可能         A動きセンサーで本体ユニットに自動録画                Bスマートフォンのマイクから離れた室内に拡声可能           C暗い場所でも赤外線(モノクロ)で撮影可能            早速自宅に設置して、ワンコx2の名前を呼んでみたところ、 まんまとキョロキョロしていた。(犬で試すなよw)
プロジェクト失敗 2016.04.17(Sun) やはり"厄年"というものは個人差があるのだろうか、今年は厄年確定だ。 誕生日だというのに、ネットワーク構築のプロジェクトが"また"失敗した。 "また"ということで、つまり2度目であり、実はこれを書いている5月の時点でも 3度目を失敗しており、一つのプロジェクトの中で連続で失敗してしまった。 (まだプロジェクトは続いており、この先も失敗するかも知れない。。。) このプロジェクトは、あるお客様の国内&海外の拠点間ネットワーク(他社)を、 まるごとウチのネットワークに切り替えるというプロジェクトなのだが、 まず国内の切り替えで失敗し(切り戻し)、再構築でうまく行ったかと思う否や、 続く海外拠点の切り替えでも失敗し、またもや切り戻すという大失態。 そして、2週間おいて万全を期したはずの再チャレンジでまた失敗するという、 現実逃避するか貝にでもなりたくなるような状況に陥ってしまった。 当然、お客様はカンカンであり、完全に信用を失ってしまった。 一つのプロジェクトでこんなに失敗したのは、会社人生で初めてだ。 元々のお客様ネットワーク構成が複雑怪奇で理解が難しいというのもあるが、 回線手配漏れや機器調達の漏れ、社内部門への指示ミス、設計力不足などなど、 あらゆるミスや抜けのオンパレードだ。どこかの政治家の言葉を借りるなら、 「ミス・漏れ・失敗の総合商社や!」と言われても仕方がない。 ただ、若干言い訳すると、オレは当初からのPM(Project Manager)ではなく、 途中参加なので、片手間になっていたのはあると思う。 構築開始当初から係わっていた本来のPMは、麻雀友達でもあり仲が良いのだが、 他社からの出向という立場であり、言いたいことも言えないずに 一人で抱え込んでしまったことも失敗を大きくする原因になったかも知れない。 経験者として、自分の力の無さと気づきの遅さに辟易するばかりだ。 徳川家康は三方ヶ原の戦いで武田信玄に大敗を喫したあと、二度とおなじような 負けを繰り返さないために、その苦渋に満ちた顔姿を絵師に書かせたらしいが、 今オレも同じ顔をしていると思う。(そんな器ではないが) この先2ヶ月ぐらいはマトモに休みが取れない日々が続きそうだ。。。
ヘルニア完治、再び。 2016.03.29(Tue) 昨年秋頃から悪化し初め、年末に無謀なドラム練習で一気に こじらせた椎間板ヘルニアだったが、ようやく完治した。 寝返りも出来ない状態から、普通に歩けるまでに回復し、 左足の脛がヒリヒリした状態で夜も眠れない状態が、 ヒリヒリも治まり、普通に寝られるようになった。 ただ、鍼治療には週2〜3回のペースで3ヶ月/計36回、 1回7000円なので、25万円以上かかったことになる。 それでも、以前受けたレーザ治療の1/4以下で済んだことになる。 インプラントに比べたら、なんと1/14以下ほどに過ぎない。 鍼治療の先生は、聞くと私と同い年だという。 スポーツ選手やミュージシャンなども治療したことがあるという。 今度出版する本で、私の闘病記を引用してくれるらしい。 次で最後の治療になる。 できれば、もうお世話にならないことがイイのだが、 若干、名残惜しいので贈り物を買っていくことにした。
尿路結石 2016.02.20(Sat) 厄年はとっくに過ぎたはずだが、昨年末から身体の不調が続いている。 その日の朝、右の横腹あたりが痛くなり始め、便意かと思って排便 しても収まらず、次第に我慢が出来ないくらいに痛みが増してくる。 ちょうど11年前にも同じ激痛を味わっていた。 去年の健康診断で、尿酸値が若干基準を超えていたので気にはなっていた。 どうして、この結石という激痛は、ある日突然襲ってくるのか。 しかし、なぜか一旦痛みが治まり、その日、新調した自転車を拡げたり、 訪れてきた後輩に10年乗り込んだ自転車を譲ったりなんてことをしていたが、 油断した罰なのか、しばらくして昼食中にまた激痛が襲ってきた。 「こ、この痛みは、もしかして尿路結石か!?」 それに気がついて1〜2時間我慢してみたが、 今度は収まる気配がないどころか、痛みが増してくる。 とうとう耐えかねて、昨年末お世話になった病院に電話すると、 救急で診てもらえることになった。 すぐに診てくれるとは、病院が素晴らしい場所に思えた。 嫁さんは自分の部屋に居たが、前回さんざん迷惑を掛けていたので、 これ以上は迷惑を掛けるわけにはいかない。 腹痛を抑えながら自分で車を運転して一人病院へ直行した。 今思えば、よく事故らなかったと思う。 今回は前回と違って急患扱いだったので、さすがに長時間待た されることはなかったが、簡単な問診票は記入させられた。 痛み緩和のための座薬と点滴を打つことになったが、座薬は ヘルニアで何度も使ったので、自分で打つのは慣れていた。 そして今回も生まれて初めての体験、点滴注射を打たれた。 痛み止めとのことだったが、あまり効いている感じはしない。 簡易ベッドで点滴を打たれながら痛みに悶絶していたが、 30分後くらいだろうか、少し下腹部に軽い痛みを感じた直後、 何事もなかったように痛みがスーッと消えていった。 初め座薬か点滴が効いたのかと思ったが、主治医の様子から どうもそうではなく、結石が流れて消失したようだった。 念のため、レントゲンを撮って状況を確認してもらったが、 そこには何も写っておらず、いずれにしてもすぐに手術が 必要なほど大ごとではなさそうとのことで安堵した。 主治医によると、結石の大小と痛さは必ずしも一致しないそうだ。 これは、ヘルニアの大小と痛さが一致しないのと似ている気がした。 帰りは行きの地獄がウソのように晴れ晴れとした気分だった。 次はまた10年後か? 来るなら来やがれ。笑
黒い温泉 2016.01.30(Sat) ヘルニアの鍼治療を週3〜4回のハイペースで続けているが、 お陰様でだいぶ調子が良くなってきた。 若干、脛のヒリヒリと膝周りの違和感が残るが、それほど痛くは ないし、長時間歩いたり立ったままでも大丈夫になってきた。 ただ、ときどき夜中(朝方)に痛むことがあってそれが辛い。。 そんな状況を察してか、妻の提案で久しぶりに都内の温泉に行ってきた。 今日始めて行った世田谷区にある「成城の湯」というSPAなのだが、 ココの特徴は何と言ってもそのお湯。真っ黒なのだ。 コーヒーとかコカコーラに近い色だろうか、一見おいしそうにも見える。 良く行く蒲田にある「Nu-LAND」もそうなのだが、この黒いお湯は 関東ローム層の温泉に多いらしく、温泉内にあるウンチクを読むと 「地下1200メートルから湧き出す炭酸水素塩温泉で、太古の海草や 植物が地層に溶け込んだミネラル分を豊富に含んでいる」そうだ。 そのウンチクを読むだけでも健康に良さそうである。 1時間くらい入浴して、休憩処でマンガ読みにふける。 なんて幸せな時間なのだろうか。。 日本人の古来からの治癒メソッドに感服するばかりだ。


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